
解りきったことではあるが、年々古い建物は消失してゆく。
まだまだ使えるだろうにと思う立派なものが解体されたり、保存の声にも拘わらず行政によってそれが行われる場合もあるし、火災や天災によって無くなることも、荒れ果てて崩おれるように消えていくものもある。
東京にはもはや見るべきものは無くなったという言葉も、最近はよく耳にするようになった。
「陋巷」などという言葉を画のタイトルに使ったりすると、
「もう東京には陋巷などは無いでしょう」と言われたりする。
そうだろうか。
昨年晩秋頃から町工場を画題にと思い、そうした場所を拾うように歩き始めたが、
都内にもまだ多くの心惹く建物が、(ワタシ的には)ひっそりと埋もれるようにあちこちに残っているのに驚かされることが余りに多いのだ。
それらは本当に名も無き物件ではある。
個人宅や極小の町工場、倉庫や商店、そして社会から忘れ去られたような施設。。。
足で踏みしめ掌で触れながら、紐解くように丁寧に町の襞を辿って行けば、
町もどこかいざなうように、知らなかった小路、知らなかった建物に巡り合わせてくれる、
そんな気さえするのだった。
*****来月いっぱいまで、画はお休みして
過去に撮りためた資料用の写真をアップしています。*****

過去の幻影のようなものを、ふと身近に感じ取ることがあると言ったら笑われるだろうか。
それはもう理屈ではなく身体の感覚に近いもので、
幼い頃から何となく意識していたことだ。
おそらくその世界は遠いものではなくて、
すっと吸い込まれるように入っていける、そんな現世とは紙一重のところにあって、
でもいつもはそんなことは忘れている。
でもいつでもそれはすぐ傍にある。
Hという町に初めて降り立った時、私のなかにあったのは
帰るべくして帰り着いたような感覚にも似ていたのだった。
以来、ずっとずっと
その曖昧模糊とした感覚の色や匂いを画面に写し撮りたいと
そう思い続けているのだった。
***来月いっぱいまで、画はお休みして
過去に資料用に撮りためた写真をアップしています。***

今年も余すところあと僅かとなった。
本年もこのブログを見に来て下さった多くの方々に感謝いたします。
さて、今年はかなり色々な展示を積極的に観に行って、吸収したものも多かった。
中でも印象に残っているものが、絵画では青木繁展@ブリヂストン美、写真では畠山直哉@写美、
そして初めて行ってみた小野忠重版画館・・・。
青木繁は、彼の作品だけを並べた展示というのは初めて観たのだが、油彩画の魅力と自由で力強い筆遣いが、やはり生で観ると想像を遥かに超えて素晴らしいものだった。
畠山直哉の写真は、こちらも初めて観たが圧倒するスケールの大きさと共に、精緻な表現が美しく、写真の力というものを改めて感じさせるものがあった。展示は自然景を撮ったもの(震災の写真含)だったが、その後に知った「LIME WORKS」という彼の代表的写真集が余りにも素晴らしくて、購入してじっくり見ているのだが、石灰岩の鉱山と工場を撮ったもので、力強い。そして美しい。
小野忠重は昭和初期から長く活躍し続けた版画家であるが、その記念館とも言うべきものが阿佐ヶ谷にあって、友人の個展に行くついでに立ち寄ってみたのだが、ご子息にあたる方が経営なさっているこじんまりした記念館だけれど、それだけにゆっくりと見ることが出来て、とても好かった。過去の彼のスケッチなども沢山ストックがあって、親切に色々見せて下さり、すっかり長居してしまった。彼の描く何でもない下町の川べりの風景や工場街などの表現の仕方が本当に魅力的だ。大好きな藤牧義夫の版画ともシンクロする部分もある。
そして新年にはその藤牧義夫の展示も始まる(@神奈川県立近代美)ので、今から楽しみにしている。
葉山館のほうでは村山知義の展示も2月にあるようで、これも行きたいのだが。
来年も多くの作家の作品を間近で見て、沢山のものを吸収したいと思っている。
それでは皆様、よいお年をお迎え下さいますよう。
惨禍に依然苦しむ人達に、少しでも明るいものが見えてきますよう。

都内のO区まで行く時間があまりとれず、しかし少しなら・・・ということで、ここのところあまり遠くないA区に出かけている。最寄りの駅からそう遠くない所に小さな町工場が集まっている地域があるのだ。
ごみごみと立て込んだ住宅地のなかにちらほらと、らしきものが散見する。
トタンの屋根や壁は目印だ。
それで、ふと気付く。今迄随分歩いてきた町々の、魅力的なトタン物件というものは、住宅もあったが実は町工場であったものがかなりの数に上るのだ。・・・今になって合点がいく。
A区のとある地区には、そうした平屋トタンの工場が多い。そして、そう言うのは躊躇われるが、うらぶれた雰囲気である。このラフ画の一角もそうで、画的には魅力的だが、よく見ないと判らないような板きれに「××ヤスリ」とマジックで書いてあり、ああ工場なのだと思うと同時に、言い知れぬ哀しみと憤りのような感情さえ湧いて来る。こういう所でかくも地味に、埃まみれになって仕事している(いた)人々の暮らしとは、一体何であろうかと。
その一方で、先日はとても心温まる出会いなどもあったのだけれど、それはまたいずれ。

部屋の片づけをしていてふと眼に着いた過去の画帖から一枚。
(町工場、相変わらず描きなぐりつづけていますが、また次回)
吉原のある建物・・・まあ、言わずと知れた過去の容姿を、そこはかとなく残している、
扉のいくつもある建物なのだけれど、随分長いこと見に行くことも無く、
もう無くなっているだろうと半分は思っていた。
が、今年の秋に山谷のほうからずっと歩いてみたところ、これと
並びの特徴ある建物が二軒、そのままにひっそり残っており、
晩秋の陽ざしを浴びてまどろんでいるかのような姿であった。
いつの間にか無くなってしまう建物が多いだけに、
この久しぶりの邂逅はうれしくなつかしかった。
描き方は今とだいぶ違っていて、滅多やたらな線が多い気がするのだが、
尖った気持の昂りのままに細い尖った線でがしがしと描いていたあの頃。
14年も前のペン描きの一枚。

そのひとが初めて私の展示に来てくれたのは、ツープラスで初めて企画展をやらせて頂いた時で、ゆっくりと時間をかけて画を見つめて、過去作のファイルも丁寧に丁寧にページを繰っていたのをとても印象的に覚えている。
物静かなひとで、声をかけてすこしだけお話をしたように思うが、とても澄んだ瞳をしたひとだなぁと思った。
実は彼女は神戸から来てくれていて、その後もnidoのコラボや個展の折には必ずと言っていいほど訪ねて来て下さった。彼女は七宝焼きの作家さんでもあり、関西では色々なところに出展したりして、一度都内での展示に参加された時は、私も遊びに行かせて頂いた。彼女の七宝焼きはちいさな小さな作品が多いけれど、好みは私とかなりだぶっていて、気球や灯台やおうちや・・・様々なかたちが夢をまとって揺れているような世界だ。
その彼女が今年も秋の個展に来てくれて、お土産に小さな七宝焼きのカメラ形のチャームを下さった。
ものすごく可愛くて、勿論即座に私のお気に入りコレクションとなったわけだが、その時に近々彼女にお祝い事があるということを聞いた。
それではお祝いに画を描きますよと約束して、先日漸く彼女のもとに届けることができた。
「なつかしい坂の道」というタイトル。
彼女の末長いお幸せを祈って、心から。。。

来年の個展の町工場系シリーズ(錆色系のシリーズという括りにするかも。でもほぼ8割方工場になりそう。詳しくは未定)では、通常よりも細長い画面のものを多くしようと思っている。1:2というかなり極端な比率。
以前もアパートのシリーズの時に、見て下さったとある方にちょっとヒントを貰っていたのだが、「幻燈街」では実現できなかった、というよりそのサイズがあまり相応しくなかったのだ。
でも次回の工場にはなかなか面白い画面構成になるとひそかに思い、現在試行錯誤中。
工場って、細長いものが多いのだ。
だが中には住宅地に埋もれる小さなトタン家屋のような工場もある。
そういうのは町並ごと描くか。それとも。
思い切ってタテ2横1の縦長構図なんかもあっても好いかも。
今回のラフは地味めなペパーミントグリーンの工場。
この構図通り制作するかはまだワカリマセン(笑)。

町工場のラフ・アイデア・スケッチ、性懲りもなく続き。
というか、ますますハマってくる感じ。
そして、まだまだ制作まではがっつりこの作業を繰り返します。
毎日本当に、もっともっと時間が欲しい。。。
今回の画も勿論ラフですが、これの前にもう一段階あって、
少し形を整理したものが、これ。
あと5段階くらい整理(シンプライズ、と言うか)しないと駄目かも(笑)。。。
でも、非常に素敵なフォルムを持ったモチーフだったので、
素敵に描きたい。
ワタシの描きたいのは労働歌ではないし、工場萌えのような流行りモンでもないし
リアルでもなく時代でもない。
じゃあ何だ。・・・とコトバで表現できないものを
今日もまた画面に描こうとするわけですね。

来年の個展では、町工場やそれに類するものを描きたいと思っているのだが、過去に町歩きをして写した写真をピックアップしていったら、かなりの数になってちょっと自分でも驚いた。
しかし、やはり現場で得る感動をまだまだ欲するわけで、時間の余裕のある時は、なるべく出かけていって取材してきたいと思っている。
というわけで、雨の予報が外れた先日、大田区のMという地域を訪ねてみた。
ここは嘗ては鉱泉などがあり、ちょっとした保養地とそれに付随して色っぽい地域もあったそうだが、今は全くその名残はなく、寧ろ中小の町工場の集まっている町としての色あいが強い。
歩き始めて(いやバスの車窓から見えた風景がすでに・・・)すぐに自分の描きたい匂いを持っている町だと感じる。そして右へ行っても左へ行っても、現れる町工場の魅力的なこと。実用という名において出来上がっている建物の無駄のない簡潔な形、素材。そして、小ぶりで地味ながら確固とした存在感。これが、曇り日の空によく似合う。
金型を作る工場が多く、この町も不況の風に晒されて厳しいことこの上ない様子は、歩いていてもそのすがれた町の雰囲気からどうしても感じられるのであるが、機械よりも正確だという旋盤の技術を持つ職人たちも多く、日本の工業を地道に支えてきたこれらの町に、心からの敬意を捧げたくなる。
描いてみたラフ画は、煙突やダクトの形状が印象的な、とある塗装工場。
このままの形では制作しないと思うが、じっくり錬り上げて作品にしてみたいものだ。

私の故郷である横浜の、Y駅のすぐ脇に小さな鉄工所があった。
ほぼ毎日のようにそこを通っていたからその光景は余りに普通で、長いこと、通り過ぎる月並みな風景にしか過ぎなかった。ちょうど鉄道が通るトンネルの脇にあり、その鉄工所敷地内に入らんばかりの横の細道を通ると、少し早道になる。ちょうどトンネルをまたいで坂道を上って行った先に、私の実家があったのだ。
故郷を離れて何年もして、ふとその光景を想い出すことがあった。
いつも赤錆色の鉄柱や鉄板が沢山置かれて、何かしらを加工する大きい音がしていた。
工員も5〜6人はいたような気がする。
どうなっているだろうか。
写真を撮っておこうと思いながら、やっと撮れたのはそれから随分経ってからだ。
建物は辛うじて残っていたが、既に廃業したらしくすべて戸は閉じられて、敷地内には鉄板の一枚も無く
ひっそり閑として眠るかのようだった。
閉め切られた錆トタン板が紅くて美しかった。
その後また何年も此処を訪れていないが、おそらくもう既に無くなっているだろう。
故あって故郷を失ってしまったとも言える自分には、この鉄工所の写真は一種の形見のようでもある。
それを何とか、また一味違った感覚で画面の中に昇華してみたいと考えている。

来年の展示に向けて。
まだまだ未熟な段階ですが、こういうものを沢山作り置いて、
その中から択んで行き、また形を錬りながら本制作に進みます。
第一段階の、アイデア・スケッチとでも言いましょうか。
クロッキー帳には何でも描き入れて、思いついたことなども
覚書のように記しておきます。
(でないとすぐ忘れる。。)
この建物、都内の中小の町工場の多い地味な一角に、忽然と現れました。
K鉄工所、現役の工場。
屋根の中央に突き出しているトタンの・・・あまりにチャーミングな突出物は
謎っぽく、またこれこそファンタジーというたたずまいで、
見た時は顔が緩みぱなしに。。
絶対に描きたいと思いながら、でもどう描くかなぁと考えつつ・・・
線描きをしながらその魅力的な形をなぞるうち、
頭の片隅からジンタの音楽が聞こえてくるような気がしました。
調子っぱずれの笛、太鼓、ラッパの楽隊。
そうだ・・・ジンタなんだこれは。
で、祝祭気分な紙吹雪を散らすのはどうだ?
と遊んでみる。
・・・楽しい。やっぱり描く者の楽しさが伝わらなくては。
ということで、下描きだけでも楽しいK鉄工所。
本制作はまだまだ先になりますが、多分。









