N的画譚

N町在住、陋巷の名も無き建築物を描くneonによる、日日の作画帖です。
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前回のスナック真珠 の続き。

まだまだ下塗りです。


先日、ギャラリーツープラスにDMを納品、
ついでに今回展示で使用するプロジェクターをお借りし試写。

奥の一面を使って、2分ほどですが
きんせ旅館での展示写真を簡単なムービーに編集したものを
個展会期中に流す予定です。

京都においでになれなかった方にも、
少し雰囲気が伝わればと思っています。

何とかうまく出来そうです。
ご協力頂きました皆様ありがとうございます。
ではまた次回。。。
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2014/08/03(日) 15:31:35 | 未分類 | Trackback(-) | Comment(-)
過去の幻影
horikiri,kosuge0808 030












過去の幻影のようなものを、ふと身近に感じ取ることがあると言ったら笑われるだろうか。

それはもう理屈ではなく身体の感覚に近いもので、
幼い頃から何となく意識していたことだ。

おそらくその世界は遠いものではなくて、
すっと吸い込まれるように入っていける、そんな現世とは紙一重のところにあって、
でもいつもはそんなことは忘れている。
でもいつでもそれはすぐ傍にある。

Hという町に初めて降り立った時、私のなかにあったのは
帰るべくして帰り着いたような感覚にも似ていたのだった。
以来、ずっとずっと
その曖昧模糊とした感覚の色や匂いを画面に写し撮りたいと
そう思い続けているのだった。



***来月いっぱいまで、画はお休みして
過去に資料用に撮りためた写真をアップしています。***
至近のアパート ①














雑貨のほうは少しずつ進行中。
それと並行して、nidoとのコラボ展の構想も詰めており、また今年も秋に予定している個展のほうも、頭の中ではかなり構想だけは出来ている。そのくらいのペースで時間をかけないと、ワタシのバアイはどうしても駄目なようだ。

今日は雑貨からちょっと離れて、個展の画の初期段階の下敷きになるかどうか・・・というラフ描きの一枚。

このところ、ごく近所にある、何の変哲も無いアパートを意識して取材しては試し描きしている。意外と近くの物件というものは、余りに日常過ぎて目が行かないことも多いのだが、とある昼に、我が家から至近の木造モルタルアパートに冬陽が射して、斜め半分には面白い形に影が出来ていた。それが何だか新鮮で「光と影」という副題?でこのアパートを描いてみたくなったのである。

暫くはこうしてごく近所をじっくり歩きながら、今まで気づかなかったものに目を向けてみたいと思っている。
また遠出もしたいけれど。
色硝子のなかの小鳥











今年も4~5月の連休に予定しているnidoの展示のための作品も、愉しみながら創り貯めています。

今年は「色硝子の町(仮題)」といった感じにしてみたいと思っています。

私の惹かれてやまない、昭和初期頃のモダンなカフェー建築、それも名だたるものではない、巷の遊興街の建物にも、嘗て驚くような美しい意匠が施されていました。
中でもステンドガラスの窓のデザインにはアールデコの文様も多く、斬新で見飽きない魅力にあふれています。

そんなデザインを参考にしながら、小さな木片(谷中のいろはに木工所さん提供)に画を描いてみています。(この画は直径5cmほど。)

これからこの画を入れるステンドガラスのデザインを考えて、製作はnidoにお願いするのですが、今回は額を付けるというよりも、小さな硝子窓のなかにこの画を嵌めて貰う、といった趣にしようかなと構想中。
モダンで尚かつノスタルジックな空間が出来上がると好いのですが。。。
モダンなるもの
電灯ハウス360









先の世界堂の絵画大賞展で、知らない方(年配の男性の方)が拙画を見て「これはモダンだな」と連れの人(若い男性)に話しかけておられた。・・・勿論作者が後ろに居ることは全くご存じなく。
そしてワタシはちょっとうれしかった。

「モダン」の定義は何だろう。
はっきりこうと言えない漠然とした意味合いがあるが、その言葉の持つ印象、雰囲気といったものが好きだ。だから「モダンだ」と言われるとちょっぴりウレシイのである。

modernを文字通り言えば「現代的」とも言えるが、日本語になっている「モダン」には、大正昭和初期のモダニズムの色合いが濃いように思う。現代建築を指して「モダン」とはあまり言わない(のではないかと思う)が、大正昭和初期の洒落た洋風建築などには「モダン」という言葉を使うことが度々ある様な気がする。

ムリをしてこじつけてみれば、ワタシの画が志向しているのは「少々モダンな印象に描いた、名も無き巷の建物の画」とも言えるかもしれない。この言葉の持つ軽やかで、自在で、遊びのある、・・・しかしその遊びにとことん心血注いでしまう、ほとんど滑稽にも見えるまでの心の余裕・・・ああそんな「モダン」に心から憧れてやまないのである。
ちょいと葭が風に揺れ
ちょいと葦簀が風に揺れ307


葭(よしず)売りというのは今でもあるのだろうか。

私の幼い頃は、車ではあったけれど「よしず~」の売り声とともに町内にやって来たものだった。
この頃ではすっかり少なくなったが、たまに掛かっている家を見かけると、何とも好い風情だと思ってしまう。
京都や金沢の花街に行けば、これがずらっと並んだ風景を見ることができるけれど、都内ではなかなかそこまでの景色にはお目にかかれない。

今日描いた家は、台東区の鳥越あたりで出会った路地裏のひっそりした一軒。
窓と出入り口にかかっていて、そしてそこを楓の若葉がちょうど覆って、枯淡な感じがあった。
陽当たりは余り良くない、うらぶれたところであるけれど、木綿の着物を着たおばあちゃんが出てきそうな、ささやかな生活の匂いのする一角だった。
町の菓子店



いくつになっても、可愛らしいお菓子の並ぶ店というのは愉しいもの。
今は「スイーツ」などと言うようになり、なんだか入りづらいようなブティックまがいの菓子店も多い。でも、昔の、カステラやバタークリームたっぷりのケーキ、キャラメルなどがあるお菓子屋さんが時にはなつかしいなぁ。
こういう感じの店は、もう地方でなくては見られなくなってしまってちょっと淋しい。
これはだいぶ以前に描いたものだが、確か昭和初期のどこぞの店の写真をもとに描いたのだったと思う。
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