N的画譚

N町在住、陋巷の名も無き建築物を描くneonによる、日日の作画帖です。
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解体中のアパート















町歩きの途次、いやそれ以前に住んでいる町のあちこちで、
解体中の建物に突然出くわすのは、珍しいことではない。

毀す、無くなるということからくる悲哀の感情と、
その解体中の建物の異形さ、またそこに繰り広げられている非日常の光景、
それに対してはふつふつと興味が湧きあがって立ち止まってしまう。

あっけなく数日でまっさらになってしまう前に、
とにかく記憶のどこかに、その印象を留めておき
そして白い紙面のなかに、再び姿を変えながら構築する
(いやこれは永遠に毀れているけど)
その作業は変に愉しい。

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D-アパートメント













今年の秋の個展のタイトルは「Apertment」。
というわけで、アイデア・スケッチをがしがしとクロッキー帳に貯める日々だが、何冊かのブックに描きなぐっていくので、前に描いたものを時々忘れていたりする(苦笑)。
先日も、2月頃に描いていたものを偶然見て想い出した始末。その一つをブログ用にペンで描き起してみた。

この断片のような画から、何処のアパート建築か判る人が・・・もしかしたら居るだろうか。

実は、今は無き代官山同潤会の一部・・・を自分流に換骨奪胎したもの。
乱歩ふうに、D-アパートとでもタイトルをつけようか。
珍しく木の一部も描いた。
というのも、あのアパート群を想い返すに、都内に似つかわしくないほどの、鬱蒼とした樹木たちの陰影無しには想い出し得ないのだ。とは言え、ワタシの画では骨組みだけの木になってしまうのだが。

一棟一棟が印象に残るデザインだったあの建物群も、今は嘘のようにかき消えてしまい、
雨の日にはしっとり濡れそぼっていた森も、写真の中の別世界のようだ。
五番町のアパート














京都は五番町と言ったら、あ・・・と思う方もおいでだろう。
此処ら辺りは嘗ての花街。

私が訪ねた十余年前に辛うじて遺っていたこの建物は、「岩梅楼」という文字が玄関にステンドガラスでデザインされ、至る所、窓もアールデコ調の色硝子で埋めつくされていた。
描いたのはその二階部分の、アールになっている箇所の窓。
信じられないほどの美しい装飾だった。
当時アパートとして使われていて、住人の老婦人が中も見せてくれたのは幸いだった。

その翌年くらいに、すべて解体されてしまって今は無い。


過去への扉














その扉をおそるおそる開けてみると
忘れかけていたけれど何かなつかしい
薄暗がりの世界につながる廊下が
ぼんやり見えるのだ多分。
くるくる臭突一杯アパート














古い家にはよく見かける臭突。
くいっと曲がった煙突のような形で、円錐型のブリキボウシを被っていたりしますが、その部分が羽状になっていて、くるくる回るのがあります。某スリバチ学会(笑)で、「クルクル王子さま」とか言われているやつです。ちょっと冠みたいにも見える、愛嬌のあるシロモノ。

で、数年前のとある日、都内某所町歩き中に、このくるくる臭突が妙に沢山付いたアパートに遭遇。
チャーミングでした。
普通直角くらいの曲がり方なのですが、ここの上部のは妙に曲がりが緩くて面白かった。
こういう物件に出会うと、やっぱり町歩きは止められませんねー。
ネタ帳作り












先月メインで使っていたノートPCがついに壊れ、漸く新しいものに切り替えました。
それで、展示も終わったことだし少しずつ色々なデータを整理しているのですが、今度はデスクトップ型で容量も大きく、OSはWin7。今までのが鈍過ぎたせいもあるけれど、作業能力が速くてサクサクやってくれるので、ほんと好いです。

で、写真データも随分貯まっているのでフォルダ分けやら何やらしながら、今 来年の展示に向けたネタ帳作り(の準備)をしています。
と言ってもただ写真を選んでプリントして、画になりそうなものをファイリングしていくだけなんですけどね。でもそれを元に、またクロッキー帳にアイデア・スケッチをしながら本画の形を練っていくので、ワタシにとっては大事な基礎工事のようなものです。ま、写真通りの建物にはナリマセンけどね。

来年はアパートを沢山描いてみる予定なので、今までのデータからアパート系をピックアップしていますが、これがかなりあるんですねー。同潤会の大きなものから、ほんの小さなボロっちいのまで。どれもそれぞれ個性があって魅力的。みんな描きたいと思うほど。ちゃんとた作品になるまではまだ暫くかかりそうですが。。。
画墨と自家製ペンで描いてみた 2














またまた懲りずに描いてみました。

空など、ぼかした部分は普通の筆を使っています。

もう夏も終わりですねー。





画墨と手製ペンで描いてみた













このところ、と言うかずっと、線画を描くときの線に、もっとバリエーションが出ないかなと思って色々試してはいた。ミリペンも好きなのだが、ベタ塗りの部分にもっと濃さが欲しいし、均一な線が描ける良さもあるが、味わいという面ではちょっと物足りないと思うこともあった。

で、結局紙を少し上質な水彩紙に変え、絵の具は昔使っていた画墨、そして筆は自家製ペンにしてみた。自家製ペンと言っても、ただ単に、宅配寿司に付いてきた普通よりちょっとよさげな割り箸(竹っぽいが、真偽は不明)をカッターで綺麗に削ってみただけのもの。細い線も描けるように先端はごくごく細く尖らせた。
画墨のほうは墨汁で、かなーり濃いのが気に入っている。しかし難点は乾きが遅いこと。気を付けないと、描いている途次で手で擦って汚してしまうこと多々。ほんの少し茶色味を帯びたものを使っている。

で、こんな感じになったのだが、いつものペン画とはまた少々違った趣かと。
しかし一発描きなので、思い切った好い線を描くのには練習が要るなぁ。
たまにこんな感じのもアップしていきますのでよろしくお願いします。
感傷旅景 2












空の何処かでくぐもったような遠雷の音が微かに聞こえる、夏になりきらない鬱陶しい曇天の午前だったが、小さな駅から降りて歩いていくと細い疎水が見え、その辺り一帯はさわさわと涼しい風が通り抜けていた。大して行かないうちに、あまりにひっそりとそれは埋もれるように佇んでいて、思わず見過ごしそうになったのだったが、よく見ればやはり在りし日のモダンな意匠をそこ此処に遺していて、童女の唄うやさしげな旋律のようなものを思い浮かべた。

玄関に掲げられているアパートメントの名称も、もうほとんど読み取ることのできないほど剥落してしまっているが、観音扉の上部には紅と透明の色硝子が嵌め込まれ、見たいと思っていた丸窓にも、美しいアールデコの意匠があった。

人の気配はあるがあくまでも閑かで、2階の物干し場のあたりで回っているらしい洗濯機の音だけが聞こえて来る。じっと佇んでいると何故か、何処ぞの教会の中にいるような気さえするのだ。
春には入り口付近に、驚くほど濃艶な色の枝垂れ桜が咲くのだという。今は葉が生い茂って緑の影を落としており、その姿は見られなかったが、それでも充分満たされる眺めだった。

遠雷の音が段々に近くなる。辺りの暗む中、紅い硝子部分だけが光るように見え、
その色をまなうらに刻み込みながら、
いつまでも立ち去りがたいのだった。
感傷旅景 1













列車に揺られながら少しずつ日常の世界から逸脱してゆく自分を感じて、ほんの少し自分の何処かが透明になってゆくような気になるのは、いい歳をしてまだ私が感傷というものをどこかに引きずっているせいだろうか。何度も夢のなかに想い描きそして潰えていた残像でしかなかった町は、眼を上げると閑かに夏の日盛りのなかに思いの外活きいきとした色彩と匂いとを伴って現れ、これも私にとっては刹那の幻に過ぎないと言い聞かせながらも、昂ぶる気持ちを抑えられずに町の深みへその奥へ奥へと吸い込まれるように向かっていく。そして辿り着いた所には今まで見たことの無かった不思議な造作の建物がてきれきと白昼の夏日に照らされながら顕ちあらわれ、どっぷりと深い闇を湛えながらも静かに私を圧倒する。

そして町のはずれの小さく坂になっている日陰の小径を、ゆっくりと上ってゆく老女の藤色の日傘、その背中のなだらかな曲がり具合を見送りながら、ささやかな段々にさしかかる辺りで振り向けば、一瞬、私は私の過去と未来に、いとも容易くすれ違うことができるのだった。
暑い日は線画に限る












寒いより暑い方がまだましなのですが、
年々冷房にからきしヨワクなってきて、それでも余り暑いとエアコンのお世話になるのですが、
靴下をはいたりカーディガンを羽織ったり、全く何をやってるんだか解らなくなります。

おまけにこのところずっと、家の裏でマンション建設工事をやっており、
朝から重機で穴を掘っており、普段静かな場所なので余計アタマに響きます。
ますますこちとら馬鹿になっちゃうじゃないか。
暑い中ご苦労なこった。



そんな時は筆も進まず・・・
いや、でもそんなことは言っていられないのですが、(秋に個展があるし)
そういう時はささっと描ける線画が好いですね。
相変わらず変な画なんですが(建築の方は、無視してやって下さい)
自分は暫し楽しめるので、まぁ許して下さいねー。


展示後譚












 nidoの展示を終えて、翌日はやっぱり多少虚脱感があって、できれば何処か閑とした喫茶店ででも一日何も考えずぼーっとしていたい気もしたが、まあそうもいかず、家のコト、たまっていた雑事などをして、夕餉の買い物をしたら一日終わってしまった。

 ワタシのバアイ、展示の前日からその期間中はかなり緊張感があり、朝は早よから目覚め、食事はパン系(パン好き)か野菜くらい。それでは持たないので、ドリンク系栄養剤を毎日注入(笑)。もうここ10年くらい、個展のときはそんななので、かえって馴れてきてドリンク類は早めに準備(笑)。
 展示10日間は毎日会場に通った。nidoの場合は”隣町”なのでそう大変ではないのだが、逆に買い物をして帰れるので、荷物がどっさり多くなってしまう。

 まあ毎日通わなくてもよいのだが、どうもワタシは気になる質なので、少しでも行ってお客さんの反応などを見たくなる。連休中は谷中が最も混む時で、人もかなり流れてくるから、DMを出して来て下さる以外のお客さんも多く、そういう人たちの反応を見られる機会というのは、やっぱり貴重なのだ。
 団体にも属さず、現在は特に師も持たず、独りよがりでやってきている身としては、展示の場というのは、孤のなかで創り上げ表現したものを初めて人前に晒して見て頂くということだから、緊張もするし、しかしその分色々なことを吸収、覚醒できる凝縮された時間でもあるのだ。

 
追憶の鳥
追憶の鳥377












少しく遠出して歩いてみた街は荒れ果てて、冬の西日が海風に煽られて弱々しく射し込んでいた。
崖が多いから階段が至る所にあるのだが、その石段のすり減った丸みだけはひっそりとやさしい。

嘗て賑わった巨大な建物がまるごと廃墟となり、硝子張りのエントランスからがらんどうの室内が見え、その向こうに凪いだ冬の海さえ見おろせる。暮れてくれば明るいネオンの付くはずの歓楽街も、落ちそうな看板や切れた電線がぶらぶら揺れて、錆のひどく出た窓辺は、その錆色だけが華々しい。

だがそんな中をのぼり下りしながら、閑まりかえったこの街の枯れきった匂いを肌で感じていくのは厭なことではない。寧ろ少しずつ心のなかに弱くはあるがゆっくりとぼんやりと、光が射すような気になるのは何故なのだろう。自分の影法師がながくながく曳かれてみえるのが何だか可笑しいことのように思え、寂しさや侘びしさも忘れ、そして何処からかやってきて建物の高みに止まり、親しげに私を見下ろして啼く追憶の鳥の声を夢のように聞く。
下図二枚
hatono-machi-noie372.jpg









年の瀬も押し詰まって、今年も町角で正月飾りの出店が立つようになりました。

来年の展示に備えて・・・ということもあり、このところアイデア・スケッチをクロッキー帳にがしがし貯めて描いています。
そのなかから、2点を小さなF0サイズの画に描いてみることにし、麻紙ボードに鉛筆で下描きし、ジェッソを塗ってみました。これから彩色です。

左は何度か作品にしている横浜日ノ出町のかもめ座という映画館。
右は鳩の町のバルコニーのある家を元にして描いたもの。

何かと慌ただしい毎日ですが、いっときだけでもゆったり落ち着いて、画面に向かう時間は好いものです。
一昨日はnidoにちょっと寄って、来年の展示の話など少ししてきました。お互い話し出すと、何だか色々なアイディアが出てきて愉しくまた頼もしくなります。

皆様本年もお世話になりました。
これからも淡々とやっていきたいと思いますので、どうぞ来る年もよろしくお願い致します。

かもめ座の場所、勘違いして鶴見と書きましたが、誤り。正しくは日ノ出町です。
訂正いたしました(12/28)。
ちょっと感傷的な黄昏












文章を付けずに、画だけアップする、
というのも好いんじゃないかと或る人に言われまして
成る程それは或る意味理想かなとも思えまして。
neon文字~その2
neon文字-2356









今回は文字というより、ネオンそのものですかね。

昭和の初期頃実際にあったカフェーのネオンをもとに描いたもの。
現在でも繁華街にはネオンの装飾は沢山ありますが、省エネの影響でいっときよりは数が減ったようです。
昭和初期は、モノクロ写真でしかほとんど見たことがありませんが、銀座などのネオンはかなり華やかで、往時の夜を照らして止まなかったものと思われます。

現代の繁華街は照明の明るさよりも、おそらく音響の騒がしさが気になります。
パチンコ店はじめ、ファッション関連、CDショップなど必要以上の音量で、私などはもう1分と耐えられない。それに比べたらおそらく、昭和の初め頃の街は静かなものだったのでは。

ネオンの灯りは、ちょっと離れたところから見るのが美しい、
やや遠目にチカチカしているのを見るのが好きです。

街灯りというのは、都会生まれの私にとっては、やっぱりなつかしくて心誘われるものなのです。
 (・・・街のあかりがとてもきれいねヨコハマ~♪という訳でして。。。)
neon文字~その1
neon文字-1355









嘗て、黒い紙にネオン管のような光る線で画を描いたり文字を描いてみたり、飽きずにやっていた時期がある。もう10年も以前のことだ。しかし今でも暗闇に光る、あの透き通る色彩への憧れは止んでいない。

その当時売っていた黒い紙ばかりのスケッチブックに描きためていたものの中から、少しばかり幾回かに分けてアップしてみる。

今回のは曲線を入れてデザインしたもの。店の看板や町の入り口のゲートなどになるか?

どういう描き方をしているかと言えば、水彩と同じふうにチューブに入っている胡粉を濃いめに溶き、細い面相筆で白い文字を描き、その上または周囲に色鉛筆で色を乗せたりぼかしたりしている。当時色々試行錯誤していたなぁ。その後或る本の中に色つきの地図を何十枚も描く仕事に、これを活かすことができたのは幸いであった。。。
アイデア・ドローイング
アイデア・ドローイング2348  アイデア・ドローイング1347










いつもひとつの本画作品に取りかかる前には、下描きとも言えるアイデア・ドローイングを無数に描く。
いや無数というのは大袈裟。一回で巧く形が納得いくことも無いわけではない。
とにかく最初は撮ってきた写真を見ながら感ずるままにかたちを造っていくが、往々にして最初は実際の姿に近いものが多いか。

そこから何度か試行錯誤してみる。
とは言えこれもなかなか面白い作業なのだ。一枚の画として過不足がなく、遠くから見てもぴんとした緊密な、好い意味で張りのある形をしているかどうか。
最近はだいぶそのことに気が廻るようになり、全体のフォルムを練り上げることのプロセスの愉しさを、多少なりとも感じるようになった。

だが「緊密」さを思うが故に、嘗てはかなりタイトな線描に固執し、それはそれで悪くはないのだが、年齢を重ねるごとに、少しは心境に余裕のようなものが出てきたのか、必ずしもタイトなばかりでなくともいいか、という気にもなってきたのである。
最近は、一見直線に見えてそうでない線や、歪みひずみのオマヌケ要素を実は盛ってみたりしているのだ。

味のある諧謔味、清涼な洒脱。
好いなあ、そういう画。
志だけは、やっぱり高く持ちたいよね。。。
鳥勝さん
在りし日の曙ハウス322


根津での暮らしも5年が経とうとしている。

昨年両親が亡くなり、私が生まれ育った本牧の家も既に無く、私にとっての実質的なふるさとは消滅してしまったのだが、何処かへ出かけてこの根津の町に帰ってくると、何だかほっとする。
私のなかではもうこの町がふるさとになってきているのかもしれない。
そして、死ぬまでずっとこの町にいたいと思っている。

顔見知りも随分増えた。
根津は小さな個人商店も多いのだが、皆構えは小さくとも皆矜持を持ってやっている。決してお高くとまっているわけではなく、皆気さくで落語が好きそうな(落語に登場しそうな人もいる)感じ、とでも言うか。そこがとても好いところである。

その中でも私が大好きな人びとがいて、「鳥勝」のご夫婦がそれ。
「鳥勝」は嘗て根津の象徴でもあった、例の「曙ハウス」のはす向かいとも言える場所にあって、お話を聞かせて貰ったこともある、鶏肉専門店である。ご主人は何処ぞの有名店で修行したらしいが、いたって気さくな人柄でいつも焼き鳥を焼いている。これがまたとても美味しい。奥さんは出過ぎない、やさしいあったかい人で、いかにもおふたり下町のおしどり夫婦という感じ。

ところが最近焼き鳥コーナーが無人になっていて、ご主人の姿がずっと見えなかった。心配だったが、ついこの間、また復活していて、心配してたんですよと言ったら案の定ご主人がひと月入院されていたのだそうだ。まだそうお年でもなく、働き盛りという感じなのに。原因がわからず数値がよくなったので、帰ってきちゃったよーとご主人が笑う。うれしくなって焼き鳥を色々買い、「またよろしくね~」の奥さんの声を背中に、ほっとしていたのも束の間、ほんの一週間足らずでまた焼き鳥ケースが空になっており、「検査入院のためしばらく焼き鳥お休みします」の張り紙が。奥さんひとりで精肉のほうだけを商っていた。
「また具合悪くなっちゃったのよ。別に無理したわけでもないんだけどねえ。原因がわからないんだもの、どうしたらいいのかこっちだってどうしようもないのよ。」「お父さんいないと私だけじゃ何にもできないのよ」・・・・・。

奥さんひとりで看護もお店もではどんなにか大変だろう。原因不明というのもどんなにか焦れることだろう。胸が痛くなるほどよくわかる。
権威あるT大病院の先生方、一刻も早くご主人の病気を解明して、最高の治療をして治してあげて下さい。そして早くまた元気にお店で焼き鳥を焼けるように、奥さんの顔からくぐもりを払ってあげて下さい。お願いします。

画は久しぶりに在りし日の曙ハウス。鳥勝さんからは、多分こんなふうに見えていただろう。


*蛇足のお願い:もしこの辺りを通ることがあっても、この記事のことは黙って居て下さいね。
 neonと言ってもわかりませんし、ただ単に陰ながら祈っているだけですから。。。
 そしてもし焼き鳥が復活していたら、その時は是非是非ご賞味下さい!旨いのよ~。
揺るがない
鶴見川畔306


職人、が好きである。
そして職人の人生というものが好きである。というより、もうそれは殆ど届かない憧れかもしれない。

毎日毎日寡黙に同じ事を繰り返している。
かのようにも見える。がしかし、職人にとっては同じではない筈だ。
毎日の作業のなかに精進の心があり、研鑽があり、僅かずつでもそこに深化があり、発見すらあるのだと思う。つまり、日々新しく向き合っているのだと思う。それを喜びとしている。でなければ続かない。

手を使う仕事というのは、一見そうでもないようで実は、精神的な世界と深く関わっていると感じる。
老練な職人は頭の中で考えるより感覚で動く。
感覚を磨くことが全てであるのかもしれない。

葛藤や失敗も己をみつめることで収め、そうやって日々孤と向き合い、個を超えてゆく。
手の中から生まれてくるものは、世の流れや風評には縁がない。そして揺るがない。
簡素で地味で、淡々とした人生。それで好いと思っている。
それが好いと思っている。(勿論みんなが皆ではないだろうけどね)

坂口安吾が「文を書くなら、その一文を命と引き替えても書きたいか」というような事をどこかに書いていたが、まさかそんなところまでは行かなくとも、覚悟のようなもの、どうしてもどうしても作りたいかどうかという心、そう聞かれたときに「どうしても作りたい、ただただ表現したい」という心、
それを持っているかどうか。それを為すために、その創意工夫のために一生をついやすかどうか。

・・・でも、さういふものに、ワタシもなりたい。(無理だけどね)

(*画は過去の筆すさび。)
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