N的画譚

N町在住、陋巷の名も無き建築物を描くneonによる、日日の作画帖です。
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Bar Neon



これは建物なのか、何なのか。
どうもよく判らないのです、描いた本人にも。
ただこういう形が好きで、
色硝子やちかちかネオンや真鍮の取っ手の小さな扉、
豆タイルの装飾、錆トタンや塩ビ板の
今にも崩れそうな屋根、
その中にぽっと灯りのついている、
そんな不思議なところで、ひっそりこっそり
不思議な味のカクテルを飲んでみたい・・・
そんな感じかも知れません。

たぶん店の名前は Bar Neon。


[Bar Neon] 10×18cm 2006
画用紙にミリペン、筆ペン、色鉛筆
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遠街(おんがい)


この画をアップするのに好い季節になった気がする。

2003年の個展のときに出品した一枚。タイトルはそのまま個展のタイトルとも同じ。遠景の街、といった意味合いであるが、おんがいという響きが好きなのだ。
モチーフは何処というものはないが、生まれ育った横浜の丘から眺めた景色が、やはり原風景にあるのだろう。

この画は、銀座で通りすがりに入って来られた方が気に入って下さり、その日はお帰りになられたものの、翌朝電話で「どうしても欲しいので・・・」と仰有って買って下さった。その後もいつも展覧といえば地方から来て下さる。そんな数少ない稀有な出会いも、私の細々とした画の歩みを何処かで支えてくれている。

[遠街] 727×500mm 2003
麻紙ボードにパステル、アクリルガッシュ、顔彩
Henteko-House



変テコハウスはひっそりと
変哲もない町のなか
路地を曲がると其処にある
ちらりと見るとちょっと変
じっと見てるとかわゆらしい
ぎざぎざでこぼこガタついて
今にも毀れてしまうかも
いえいえそれでもしゃんとして
風でも雨でも其処に居る



ま、たまにはこんなのも・・・。(笑)


[Henteko-House] 12×12cm 2006
画用紙にミリペン、筆ペン
河口のバラック


JR鶴見線の「国道」駅から降りて少し歩いた鶴見川河口のところに、嘗てずらりと平屋の襤褸バラックが並んでいた。以前はこの辺りは漁業に従事している家がほとんどで、今でも通りには魚屋が多い。貝の店が目に付くから、嘗てはは随分採れたのだろう。

20年前、この近くに半年ほど住んでいたことがあるのだが、当時の眺めを想い出すと、本当に時代を間違えたかのような錯覚を覚えるほど、何とも寂れた、しかしなつかしい気持ちになる。

私が幼かった昭和40年代には、まだまだ周囲に「貧しさ」の匂いがあり、そしてそれが普通のことだったように思う。着る服はおさがりだったし、穴があけば繕う。卵が足りないから隣の家に1個借りに行く、なんていうこともあった。

このバラック街も、2年前にすべて取り払われて、今はまっさらなコンクリートの遊歩道ができている。あの、翳りを抱えた襤褸小屋たちと引き替えに、一体何を得たのだろうと、影ひとつ無い、溢れんばかりの秋陽のなかでふと想う。

[河口のバラック] 13×27cm 2004
麻紙ボードにジェッソ、アクリルガッシュ、パステル、色鉛筆、ミリペン
モノクロ・リズミカル


夏に取材した色々なバラックの写真を見ながら、(写真は下手だが)様々にかたちをつくってみるのが愉しい。特に集合バラックとも言うべき長屋群の、アーティスティックな思惑など全く無い(筈の)塊は、本当に魅力的だ。色も素材も形も、必要だからそうなったという「必然」の存在感。そしてだんだん見ていると、ユーモアやウィットや諧謔味まで感じられてくる。

モノクロの、ちょっと遊びのある線だけでかたちを描いて、そこに黒とグレーだけで、シンプルに味付け。動かない建物たちだけれど、何だかリズムのようなものを感じる。ジンタのリズムが合うように思うのですが、如何。

[Barracks] 10×14cm 2006
画用紙にミリペン、筆ペン、色鉛筆
建設中or解体中


秋晴れの空を眺める。
ご多分に漏れず我が家の近所も、何処かで必ずマンション建設が雨後の竹の子状態に行われているので、空を眺めようとしても作業中のクレーンが視界に入ってくることが多い。で、あたかも生き物の如く、秋天のなかで朝も早よから仕事しております。
殺伐たる気分にもなるのだが、何故かちょっと否定しきれない部分もあるのである。
横浜に住んでいたときは、京浜工業地帯のとてつもなく巨大な「ガントリークレーン」を見て育ったものだから、変に郷愁を誘うモノがあるらしいのである。
根岸の鶯荘


たまに根津と根岸を間違える人がいるが、今日の画は台東区根岸にあったアパート「鶯荘」。名の通り鶯谷の駅に近いところに嘗て在った建物である。冨田均の「東京私生活」(作品社、2000年刊)には91年当時のアプローチの写真が出ており、私は94年に偶々出くわし、外見は相当に傷んで汚れも酷かったが、看過できない存在感があった。
まず玄関アプローチと2階の屋根のの庇部分が、アールのついた美しいデザインで、入るとソテツの茂った中庭まであり、昭和の初期のモダンでハイカラな雰囲気が感じられる。階段の途中には丸窓があり、廊下も広く、かなりしっかりした造りだったのを記憶している。
だが昨年訪ねてみた時には、やはり既にマンションが聳え、跡形もなくなっていた。

「根岸の里の侘び住まい」と言って、江戸の昔はは隠居所などが多かったという根岸の町。どんなにか寂れた、しかし閑静な雰囲気の処だったのだろう。金杉通りや柳通りに、微かにその面影を辿るしかないが、やはり時々ふらりと行ってみたくなる町でもある。

[鶯荘] 14×18cm 2006
麻紙ボードにミリペン、画墨
こんなんも描いてました


過去の作品が続きますが、意外な画を出してみました。

大学に入った年から約十年間、日本画を習っていた。師事したのは院展系で、前田青邨の内弟子だった方。とても穏やかな先生で、素人の私にも、紙の裏打ちから張り方、岩絵の具の扱い方から膠の溶き方に至るまで、丁寧に教えて下さった。
歴史画をよくした青邨に倣い、先生も絵巻物などを描かれていたので、当時古典を題材にした画が好きだった私も、随分絵巻物の模写などもやらせていただいた。日本の絵巻物の線描は、本当に素晴らしいものだとつくづく思ったものである。
光る色彩


都市の夜の電光の眩しさは、度を越していると思わずにはいられないが、私が小さい頃から住んでいた家の窓からは、港のほうの夜景がよく見え、灯台代わりのマリンタワーの光が廻っているのを、飽きもせず眺めたものだ。京浜の工業地帯の無機的な眺めも、夜は一変してこの世ならぬ電光の夜景となり、それもひどく美しく見えた。

そんな景色を描きたいと思うとき、なかなか巧くいかなかったのが「光る電光色」をどうやって表現するかということだった。拙いながら自分なりの描き方をようやく見つけて96年にNeonというシリーズものを描いた一枚がこの画。根津のお祭りの時の、ぼんぼり提灯の色にも少し通ずる気もするような。。。

[街のネオン] 20×15 1995
黒い紙に顔彩、パステル、色鉛筆
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