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N的画譚

N町在住、陋巷の名も無き建築物を描くneonによる、日日の作画帖です。
春になったら
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寒い日が続きますが、たまにほんの少し暖かい陽ざしを感じたりすると、うれしいものですね。
立春ももうあと僅か。暦の上だけでも春になるのが待ち遠しい毎日です。

さてそんな中、小さなちいさな画を描いています。
御覧のように鉛筆と比べると、よくお解りになると思いますが。

いつもお世話になっている谷中のステンドグラス工房nido。暮れにちょっとお邪魔したとき、「またコラボレーションをやりたいね~」という話になり、今回はnidoのショップ内で、コラボ作品を展示販売しようということになりました。期日はまだ未定ですが、4月頃を考えています。

以前のコラボ作品のような、小さな画にステンドグラスの額をつけた壁掛けタイプを中心に、何種類か今までとはちょっと違った趣向のものも一緒に作ってみたいなと思っています。
画像の左に見えるのは、ワタシの気に入っているnido作品の、ちっちゃなふた付のボックス。
中に鏡がしつらえてあります。箱の一部が画・・・なんてのもできるかもしれません。
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昭和残影アーケード
昭和残影アーケード2282


ワタシがコドモだった昭和四十年代には、まだ戦後の闇市の末裔のようなバラック商店がところどころにあり、そんな店がいくつか集まったものに「マーケット」という名前が付けられていたようにも思う。そこは暗くて裸電球がいくつも点いて、どの店も釣り銭は上から吊した小汚い笊のなかにじゃらりっと入っていた。「はい、お釣り」と言って渡してくれる店のおっちゃんの手も、皮が厚くて黒かった。でもそこへよく母と買い物に行ったものだ。マーケットの隣には狭い「靴病院」があって、靴直しの職人のおっちゃんが、これも汚れた灰色の作業服を着てうずたかく積まれた靴のなかに座り、次々に靴底を直していたのもよく覚えている。

あの頃はみんな、今みたいに小綺麗でもなく、衛生的でも明るくもなかった。でも店の人びとの顔や仕草を今でも鮮明に思い出せるのは何故だろう。いつも行くと決まった顔があり、「お使いかい?」とか「今日は何にする?」とか何か会話があり、その人たちの仕事ぶりや客のさばき方などを見るいっときがあったせいかもしれない。

描いたアーケードの商店街は二箇所をモデルにしてみたのだが、どちらも寂れた屋根の一部が剥がれ、そこから昼間の光が漏れていた。昭和の香りが芬々と漂って、幼かった頃の記憶を喚起してくれるには、充分すぎるたたずまいだった。

Blue Totan Blues
ブルートタンブルース280




横文字はあまり使わないのですが、今回は何となく横文字タイトルが合うような気がして・・・。

これは押上駅からすぐの、墨田区業平の北十軒川沿いにある堂々たるバラック。全面ブルーのトタンに覆われ、錆と剥落も激しいのですが、今なお厳然と風雪に耐えて?偉容を放っています。川沿いにあるというのも泣かせます。何処からか低いブルースが聞こえてきそうな、そんな風体をしています。長く世の中を見てきた老体ではあるけれど、苦み走った格好良さがまだまだ匂う、ダンディなヤツなのです。

髪留め二品
アンティーク 004


今年から、「アンティーク」というカテゴリを作ることにしました。
「画譚」ではありませんが、ワタシの画の世界とは何処か繋がっているかとも思います。

十代の頃からワタシの古いモノ趣味は芽吹いていて、ちりめんの大正・昭和初期の着物の柄・はぎれ、光りかたのやわらかい和硝子などには、夢夢しいほどの恍惚感をいだいてしまい、時間を忘れて眺めてしまうのが常でした。勿論高価なものは買ったり出来ませんから、骨董屋で見ているだけだったのですが、それを逆手にとって、骨董市などで安価な掘り出し物を探すのは巧くなった?ようにも思います。
今年は色々なことから解放されたこともあり、ゆっくり骨董市を廻ったりもしたいなぁと考えています。

今日の画像は、信じられないほど安く手に入れた髪留め二品。

両方とも銀製品だったら高いのでしょうが、材質はよく解らない軽い金属メッキ製品です。
しかし何とも可愛らしい、夢のあるデザイン。簪のほうは流れ星に三日月、尾のほうには小粒の真珠モドキが花のように付いています。バレッタタイプのほうは、野菊のような花がいちめんに。色あいが地味かと思いきや、髪に挿すととても映えるのです。
両方とも別々の地味な骨董屋で見つけましたが、なんと簪500円、バレッタ300円でした。どちらもごしゃごしゃっとまとめて色々な小物が重なっている箱のなかから、文字通り掘り出したものです。でもワタシの見立てでは戦前のものという感じで、昭和初期の着物などに合いそうです。

繊細でやさしげな日本のかたちのうつくしさ。
値段の安さにかかわらず、ワタシのお気に入りの<おたから>となっています。

辛口バラック
辛口バラック


前々エントリーでまだ途中だった画が、一応出来上がりましたのでアップしました。

ここのところ、どちらかというと見た目に可愛らしい建物を描いたものが続いていましたが、今回は少々辛口です。モチーフにしたのは京浜急行の沿線で出会ったバラック群。呆気にとられるほどのすがれ具合で、ほとんど小屋という感じの長屋が線路沿いに軒を連ねていました。
しかし人の住んでいる気配は濃厚にあり、ところどころ破れかぶれのトタンも、何とかうまく継ぎ接ぎしているのです。その、作為の無い造形に、心を素手で掴まれたような、ガンと一発喰らったような気さえして、ああいつかこれを描きたいと思ったのでした。

しかし構図をあれこれ考えるうちに、少しずつこの荒んだ感じが、何処となくサーカス小屋やロマのテントのようにも見えてきて、哀感もあるけれどどこか祝祭的な、そんなイメージもほんの少々加わった・・・かもしれません。



オ天道サマヨ、アリガタウ
オテントサマヨ、アリガタウ277


北風の吹く寒い日は、少しでも陽が射してくれると、そこを選って歩きたくなるもの。
ましてや朝から晴れてくれれば、何とかたまった洗濯物をまとめて干したくなるものだ。

とはいえ、この家に出会ったときは、いやはや天晴れという感じであった。
二階部分に造った物干し場を目一杯に使って、家が隠れるくらいに洗濯物やら布団やらを干していた。
場所は京島だったのだが、トタンの屋根と、煙突と、画竜点睛アンテナもすっくとありゃ、もう言うこと無しの好い眺めであったのだ。
小さな相棒
コンランショップ ライト 009 コンランショップ ライト 010


正月休みも終わり、日中は閑かな時間が戻ってきました。
画本用のF3の画を描くペースも、少し掴めてきたようなところです。

昨年、画を描くために小さな可動式の机を買ってから、卓上用の小さめのライトが欲しいと思っていたのですが、なかなか果たせませんでした。
偶々昨日、とあるインテリアショップを通りがかりに覗いたところ、ちょっと変わったライトを見つけました。電話機のようにも見える、シンプルなフォルムで、軽くて台座の面積がごく小さいのも好都合。(というのは机自体がが小さく、いつも絵の具やら鉛筆やらでたちまち埋まってしまうのです。)台座には小さな雲?花?の形のスイッチボタンがひとつあるだけです。
光源はLEDライトというもので、半永久的に使え、取り替えの必要のないものだということ。これは面倒くさがりのワタシには相性が好いかもしれない、と・・・暫し考えた後、白いデザインのものを連れて帰ることにしました。

早速家でテーブルにセッティングしてみたのが上の画像です。光源はごく小さいのですが、40Wの明るさがあり、画を描く手元を照らすには充分な、しかしやさしい光です。
昼間でも画を描くときに、微妙に色が気になるワタシには、これから永く好い相棒となってくれそうな、・・・小粒でも頼もしい仲間です。

*Mindspring社HP

(描きかけのバラックの画は、完成しましたらアップします。)

雪の日は
雪の日はさむいけれどあたたかい


今回も新作です。

雪の日は、寒いけれどもあたたかい。

そんなコピーを添えてもいい感じに描いてみました。
雪の日は、いつもより町も閑かになり、色々な雑音も吸収されていくようです。
小さな平屋の家でも、煙突があって、そこから微かに煙が立ち上っていれば、
きっと戸の中はほんわりあたたかいのです。

モデルにしたのは何処の町の平屋だったか忘れましたが、ポイントになる配色がうまく決まり、雪の画面にすることも最初から念頭に置いた、背景の色づくりをしてみました。
これも画本の1頁に入れてみたいと思っています。
小さな平和
ミニアチュール画本 洗濯物のそよぐ日ウェブ用


穏やかな年明けとなりました。
皆様にとって良き一年となりますようお祈り申し上げます。
また、今後とも拙ブログをどうぞよろしくお願い申し上げます。

さて、新年初の画、新作アップです。
昨年の季節の好いときに、麻布の笄(こうがい)町を訪ねました。麻布というイメージからかけ離れた、古い家屋が建て込んだ一角があり、細い路地の先にこんな風景に出くわしたのです。
何軒かの長屋がぐるっと囲んだなかに、狭いながらも物干しのある小庭のような空間がぽっかりとあり、穏やかに日が当たっていました。洗濯物がひらひらとそよいで、それは閑かで眩しいような空間でした。

太宰治の「津軽」という小説に、私(太宰)が育ての親のような乳母、たけに会いに行くシーンがあります。それは津軽の小さな町でちょうど町内運動会のような催しがあった日で、とても好い場面なのですが、一方で日本が戦争に突入してゆく時期で、そんなさなかに日本の片田舎のこの町では、そんなことも無関係のように華やかな素朴な行事が行われている・・・と、太宰がふと白昼夢のような想いにかられるのです。
笄町で出会ったこの風景に、私もふとそのシーンを想い出したのです。

そして、大袈裟ではあるけれど、人の世の幸福の姿とは、こんなものではないかとも思えるのです。市井の人びとの小さな平和。それがどこの国どこの町でも守られる一年であるようにと思うのです。
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