
ワタシがコドモだった昭和四十年代には、まだ戦後の闇市の末裔のようなバラック商店がところどころにあり、そんな店がいくつか集まったものに「マーケット」という名前が付けられていたようにも思う。そこは暗くて裸電球がいくつも点いて、どの店も釣り銭は上から吊した小汚い笊のなかにじゃらりっと入っていた。「はい、お釣り」と言って渡してくれる店のおっちゃんの手も、皮が厚くて黒かった。でもそこへよく母と買い物に行ったものだ。マーケットの隣には狭い「靴病院」があって、靴直しの職人のおっちゃんが、これも汚れた灰色の作業服を着てうずたかく積まれた靴のなかに座り、次々に靴底を直していたのもよく覚えている。
あの頃はみんな、今みたいに小綺麗でもなく、衛生的でも明るくもなかった。でも店の人びとの顔や仕草を今でも鮮明に思い出せるのは何故だろう。いつも行くと決まった顔があり、「お使いかい?」とか「今日は何にする?」とか何か会話があり、その人たちの仕事ぶりや客のさばき方などを見るいっときがあったせいかもしれない。
描いたアーケードの商店街は二箇所をモデルにしてみたのだが、どちらも寂れた屋根の一部が剥がれ、そこから昼間の光が漏れていた。昭和の香りが芬々と漂って、幼かった頃の記憶を喚起してくれるには、充分すぎるたたずまいだった。
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