
トタンの継ぎ接ぎしてあるものを「トタンパッチワーク」なぞと時々呼んでいる。
ごく偶に、トタンを建材にわざわざ用いてその線を狙ったような建築も昨今は見られるが、ワタシの好んで歩く陋巷のトタン建築は、そんな作為なんぞはまず感じられない。ただ必要であったがために継ぎ接ぎし、それが偶然にも得も言われぬ造形となっているのがほとんどである。
言い過ぎるかもしれないが、ワタシはとても純粋なものを感じてしまう。
可笑しなものだと自分でも呆れるが。
画を描きながらいつもシンプルなかたち、色を模索する。
だがえてして引き算というのは難しい。
そんなとき、不意にそれの具現化のようなトタンパッチワークの建物に出くわしたりすると、
心の底から感心し、感動し、ああ敵わないなと脱帽してしまう。
そしてそう思いながら、やっぱりこれを描いてみたい、
飛躍するのは常ながら、こういう風に
<シンプルに、無駄が無く、作為もなく、なのに好い!>
・・・生きてみたいなどとも思ってしまう。
陋巷のトタン建築に、人生まで教わっているのである。
可笑しなものだと、またまた何度も自分でも呆れるが。
笑。
*この画もnidoのステンドガラス額付で、4月末からの展示に出す予定です。
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