
列車に揺られながら少しずつ日常の世界から逸脱してゆく自分を感じて、ほんの少し自分の何処かが透明になってゆくような気になるのは、いい歳をしてまだ私が感傷というものをどこかに引きずっているせいだろうか。何度も夢のなかに想い描きそして潰えていた残像でしかなかった町は、眼を上げると閑かに夏の日盛りのなかに思いの外活きいきとした色彩と匂いとを伴って現れ、これも私にとっては刹那の幻に過ぎないと言い聞かせながらも、昂ぶる気持ちを抑えられずに町の深みへその奥へ奥へと吸い込まれるように向かっていく。そして辿り着いた所には今まで見たことの無かった不思議な造作の建物がてきれきと白昼の夏日に照らされながら顕ちあらわれ、どっぷりと深い闇を湛えながらも静かに私を圧倒する。
そして町のはずれの小さく坂になっている日陰の小径を、ゆっくりと上ってゆく老女の藤色の日傘、その背中のなだらかな曲がり具合を見送りながら、ささやかな段々にさしかかる辺りで振り向けば、一瞬、私は私の過去と未来に、いとも容易くすれ違うことができるのだった。
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