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N的画譚

N町在住、陋巷の名も無き建築物を描くneonによる、日日の作画帖です。
感傷旅景 2












空の何処かでくぐもったような遠雷の音が微かに聞こえる、夏になりきらない鬱陶しい曇天の午前だったが、小さな駅から降りて歩いていくと細い疎水が見え、その辺り一帯はさわさわと涼しい風が通り抜けていた。大して行かないうちに、あまりにひっそりとそれは埋もれるように佇んでいて、思わず見過ごしそうになったのだったが、よく見ればやはり在りし日のモダンな意匠をそこ此処に遺していて、童女の唄うやさしげな旋律のようなものを思い浮かべた。

玄関に掲げられているアパートメントの名称も、もうほとんど読み取ることのできないほど剥落してしまっているが、観音扉の上部には紅と透明の色硝子が嵌め込まれ、見たいと思っていた丸窓にも、美しいアールデコの意匠があった。

人の気配はあるがあくまでも閑かで、2階の物干し場のあたりで回っているらしい洗濯機の音だけが聞こえて来る。じっと佇んでいると何故か、何処ぞの教会の中にいるような気さえするのだ。
春には入り口付近に、驚くほど濃艶な色の枝垂れ桜が咲くのだという。今は葉が生い茂って緑の影を落としており、その姿は見られなかったが、それでも充分満たされる眺めだった。

遠雷の音が段々に近くなる。辺りの暗む中、紅い硝子部分だけが光るように見え、
その色をまなうらに刻み込みながら、
いつまでも立ち去りがたいのだった。
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