
二階にある日本画の師匠の画室に上がると、十畳くらいの座敷には描きかけの画が色々立てかけてあるのだが、今現在描き進んでいる一枚は、室内イーゼルに乗せられて、やや高い位置にある。多分奈良かと思われる風景画なのであるが、墨で線描きされた後、やはり具墨(墨に胡粉を混ぜたもの)で、画の全体の明暗をすでに細かく描きわけてあり、その上に薄く黄土が掃かれていた。
これから岩絵の具を乗せて、色彩を盛るのであるが、その手前の段階でも、写真で言えばネガのような、それだけでもきっちり「画」として成立していて、素晴らしい完成度だった。下地のうちに明暗をきちんと描きわけておくのが大事なのだとよく仰有っていたが、いざとなるとその頃駆け出しのワタシには難しい。しかし、あの時の神々しいほどの、制作途中の一枚の画を見た印象は、今でもワタシの核の部分に深く強く刻まれている。
十年ほど日本画を学んでから、そういう括りから次第に出ていったワタシであるが、勿論あの十年がワタシの絵画的なものの基盤になっていると、今なら言えるだろう。
・・・で、今回の画は、別に日本画チックではないし、厳密には違うけれど、やはりこんな具象からはちょっと離れた画にしても、暗い部分に先ず気を払うのは、師匠のあの画の印象が、いまだに離れないからなのだと思う。
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